131 T.W. [2001.4.10_20:03]
スイスタイポグラフィに関して二人のデザイナーを発見しました。亀倉雄策責任編集の「クリエイション」誌上によるものです。マーレビッチからブロックマンに引き継がれた思想は、小泉先生の言われているように日本の「禅」に似ていると思いました。繰り返される、ある意味での「型」に自己滅却することにより得られる、宇宙の波動といったようなもの。そのようなことを、上記のデザイン誌より感じ取りました。ところが、最近出版された「アイデア」誌の中の若手スイスのデザイナーの特集を見てガッカリしました。これでは、今の東京と何も変わりません。スイスは理知的なバーゼルと「アールブリュット」で知られるローザンヌという対極な地があるように思います。たいてい、パリやイタリアに憧れてしまうのですが、スイスには多く学ぶものがあるとおもわれます…。近頃、忙しいわりには大した仕事もしていません。ところで、奥村鞍正(漢字違うかもしれません)の最新作はいいですね!タイポグラフィを堪能している感じがします。でもこれは、スイス派というよりアメリカの匂いがします。

132 koizumi [2001.4.13_10:01]
おひさしぶりです。返事おそくなりました。大学の4月はすごくたいへんです。さて、『クリエイション』存在は知っていますが、きちんとみたことがありません。今度図書館の見てみます。勉強不足ですみません。若手スイスのデザイナーについては全く同意見です。しかし彼ら全員とはいいませんが、基礎はきちんと学んでいる人たちばかりです。あと、目立ちたがるデザイナーとそうでないデザイナーがいることは覚えておいてください。ぼくの友達でも後者に当たる人たちがいて、すばらしい仕事をしています。このような人の作品は『アイデア』には載りません。小品が多いですが。。。それと、すみません。奥村靫正さんの最近の作品は全く知りません。ぼくは最近、表現的なデザインよりも、美学とか哲学に興味をもっています。ハルトマンの『美学』最高です。そうか、とうとう「アールブリュット」っも、登場してしまった。

135 T.W. [2001.4.17_12:42]
こんにちは。哲学、美学ですか…。学生時代は、ミッシェル・フーコーの難しい論文を読んで、昭和初期の雑誌広告に対する見解を、同じゼミ仲間と意見を戦わせたものですが、最近はますます感覚的人間です。印刷業界としては、ワントゥワン・マーケティングなどの理論的な戦略がどんどんと、幅を利かせているようです。確かに今は、スタイルより方程式なんだと思います。とはいううものの、60年代の横尾忠則や粟津清のように、モダニズムに対向すべくアミニズムを展開させたという勇気や情熱にいまだに感動しています。しかし、こういった情感的な問題というのは、タイポグラフィやグラフィックデザインを志す者にとっては、必要のないものなのでしょうか?デジタルに人の命を吹き込もうとする意味のない事に最近熱中しています。

136 koizumi [2001.4.17_17:35]
いいねー。フーコー。。。ぼくは感覚と論理付けはバランスが必要だと思っています。確かにスタイルより方程式が必要な時代ですね。よい言葉。。。勉強になりました。そう、60年代はある種幸せな時代ですよね。情感的といってしまえばそれまでですが何かあのようなものが欲しい気がしますね。それがデジタルではできないというのはちょっと残念すぎ。ぼくが魔物といったコンピュータとはつきあっていかなくてはならないのです。そうではないですか?ぜひぜひ熱中して、何か驚くべき結果を出してください。