土居林太郎 [99.8.23_12:57]
「オックスフォード・ルール」について触れている本をご存じでしたら教えてください。 宜しくお願い致します。

koizumi [99.8.24_18:35]
「オックスフォード・ルール」とは書名ではありません。ぼくの書棚の奥から見つけたものでお答えします。『HART'S RULES FOR COMPOSITORS AND READERS AT THE UNIVERSITY PRESS OXFORD』というのが書名です。ぼくのは1983年の39th editionです。くわしくはオックスフォード大学出版局:豊島区要町2-4-8/電話03-5995-3801

[メモ]
現在はこの本は絶版です。新たに『NEW HART'S RULES』という本が2005年に出版されています。
http://www.askoxford.com/worldofwords/wordfrom/harts/?view=uk

217 n [2002.1.26_2:46]
質問させていただきます。和文組版の「禁則」について、関連書籍や研究会の資料など探すといろいろありそうなのですがそれぞれ独自でもあり、共通性もあるように思えます。これまでにスタンダードとなるようなマニュアルは存在したのでしょうか?どうぞよろしくお願い致します。

218 koizumi [2002.1.27_21:17]
和文の禁則についてはうちの院生もコレクションしていましたがなかなかよくまとっまたものはありません。ふたつの方向があると思います。
・編集者からみたもの
・組版の職人からみたもの
後者は少ないですが、確か高島という人が書いた『伝書活版技術』という本にあったと思います。残念ながらかつては見かけたのですが、現在ぼくの書棚には存在していません。あと、写植の時代にはいって専門書ではありませんが、わずかの情報が何冊かの入門書に出てたと思いますが。。。いずれにしても、この件に関して確立した本がでるとよいですね。

221 n [2002.1.31_4:09]
禁則についての「ふたつの方向」という小泉先生のオコトバに「なるほど」と頷いてしまいました。また、読んでいて、思いあたる本もありましたので、目を通してみます。ありがとうございました。個人的にはタイポグラフィに様々な考え方があるのは悪いことではないと思っていますが、組版、禁則については軸となる確立したルールがあるべきではないかと感じます。調べているうちに、参考となるルールがいくつもあることで、重要な目的がぼやけてくるような印象を持ちました。やっかいな問題を抱えている日本語かもしれませんが、指針となる組版の「お宝本」ができてほしいです。


238 n [2002.2.18_1:47]
こんにちは。禁則について『オックスフォードルール』の日本語訳を読んでみました。思っていたよりもシンプルで、興味深く、言語と表記の関係について大変考えさせられました。それについて感想なり質問を書かせていただこうと思ったのですが、うまく書けません。ただ、日本語は「もろい」言語なのかもしれません。壊れながら進化するというか、そんな一因を見た気がします。

239 koizumi [2002.2.19_20:58]
禁則については221以来でしょうか。。。『オックスフォードルール』は原本でしょうか?小池さんの訳本でしょうか?いずれにしてもぼくもnさんがおっしゃる通りだと思います。日本語が「もろい」というのは日本の文化や生活すべてに言えることではないでしょうか?「もろい」とはよい言葉を見つけてくださったと思います。日本のタイポグラフィの原点かもしれません。

240 n [2002.2.20_3:03]
私が読んだ『オックスフォードルール』は 38th Edition の訳本です。『オックスフォード大学出版局の表記法と組版原則』小池光三訳 昨年、直接お話できた機会に、『タ読方』の清原悦志氏の中黒の追悼文のレイアウトのありかたについて、小泉先生は禁則の説明してくださいましたが「これは『オックスフォードルール』にも書いてあって・・」と言われた一言が気になっていました。単純に、欧文の組版表記法をどこまで日本語に応用できるのか、という興味でしたが、禁則を調べ始めたこともあり、そんなことも思い出して手をのばした一冊でした。私の感想ですが、(日本語はちょっとおいて)言語の「曖昧さ」は表記によって正される関係で、それが言語の進化のプロセスなのではないかなぁ、と。日本語はすでにその関係が成立しない言語になってると思いました。「もろい」については、小泉先生が書かれた意味とは違うのかも知れませんが、やはりタイポグラフィやデザインのことを思い出していました。紙一重でもろく崩れてしまう。そんな判断・瞬間の連続に思えるからです。しかしその「せめぎあい」が、私にとっては真実なのかもしれません。

241 koizumi [2002.2.20_23:47]
小池さんの訳本はよい。清原悦志氏の中黒の追悼文のレイアウトのありかたについて:そう、確かぼく、あのページの人名の途中で切れた状態をお話したのですよね。それで『確信犯』って。ぼくは日本人は繊細なのに印刷物の人名に対して無神経なのが許せないのです。「もろい」についてはちょっと時間ください。すごくおもしろそう。