nakayama [99.10.6_14:33]
はじめて書き込みます。 例えばグリッドシステムなどの本を見ていると、フォーマットづくりという作業の「分業の為のシステム」という側面を強く感じます。 例えば建築では、基本的には設計者と施工者は別なので、建設に関 わる全ての業者や職人が理解できる共通の指示書として、皆が解読 できる整頓された図面が必要になります。すると一種の業界標準的な、「図面の書き方」というようなフォーマットづくりが自然と要求されます。 ところが最近は、数値制御のレーザーカッターなどで、設計者の卓 上の(モニタ上の)気まぐれも、中間のリレーなしにいきなり正確に物体として出力できるようになってきたため、建築の分野でも、 中間媒体としての図面に与えられるプライオリティがある部分落ちてきているような気もします。 いわゆるDTPの例を出すまでもなく、そうした傾向は出版では特 に顕著ですよね。 そんな中、一種の整理術としてのグリッドシステムを、我々は現在、 どのようなスタンスで眺めることが可能なのでしょう?

koizumi [99.10.7_20:20]
グリッド至上主義ということでは建築の分業のような合理性の追求があったと思います。しかし、ここではっきりいっておきますがスイスタイポグラフィ=グリッドではありません。もちろんグリッドシステムを鮮麗させ、完成させたのはスイスタイポグラフィといってよいかもしれません。それ以上に20世紀の頂点にたつタイポクラフィとは何かを追求したカタチがスイスタイポグラフィには存在します。どちらかというとコンテンポラリーでありながら東洋思想の源流に近いような深いものです。ぼくには建築は近年ポストモダンとかいって、より物質的になったように見受けられます。最近はそれがよりもっと進んでヴァーチャルで満足しちゃってる?ぼくは依然としてタイポグラフィは狭い世界ですが違った次元に存在していると思います。つまり、DTPの捉え方もいろいろあるとおもいますが、ごく一般の人がグリッド上に文字を並べているのは、この論外と考えます。

nakayama [99.10.9_0:19]
小泉先生、お返事ありがとうございます。 物事に即物的な有用性を見出せないと、その物事の価値を評価できないみたいな、ちょっとそういう響きのある書き込みだったかも・・・ とすこし後悔。 ところでここに書き込むときの、改行のこつを教えて下さい。 ひたすら1行で書けばいいのかな???

[メモ]
データ化で改行をすべてとってしまいました。

もち [99.12.7_1:32]
以前、かぎ括弧の件で質問した者です。 私は卒業制作でブロックマンのグリットシステムについての研究をして、そしてそこから日本語にも取り入れていこうとしました。 そのとき、アルファベットの美しいものから入ってしまったので、日本語を美しくみせることがうまくできず、終わってしまいました。 最近出版された『装丁時代』(臼田捷治)を読んでいたら 原弘さんも日本語の組み方について悩み(私とは次元が違うのでしょうが) があったことが書いてありました。 やはり、アルファベットにくらべて漢字とひらがなが混ざり、正方形の日本語は 色が均一にならないのでなんだかきれいに見えないんです。もちろん、日本語の書籍、広告にも美しいものはありますが、なかなか自分では実践できません。 小泉先生は、日本語を組むときどのような気をつかっていますか。 ちなみに、最近わたしが気に入っているのは、ADが藤本やすしさんに なった流行通信の目次です。

koizumi [99.12.10_13:32]
ぼくもアルファベットから入ってますので、日本人のくせに日本語が弱い、したがって合理的なタイポグラフィであるカナモジを中心に調べています。かといって今そういう世の中ではありません。ぼくは個人的に日本語の組みに関してバーゼルに行く直前にひとつの結果を出しました。講談社刊『ちょっとしたものの言い方』。たいへん売れました。これはぼくの実験タイポグラフィのひとつとして作ったのに、その後意外な方向に進んだわけですが。いまでも講談社+α文庫で見ることができます。(装幀と判型は残念ながらオリジナルとは異なります) もうひとつ、日本語の組みはやはり活版時代がうつくしい。写植もあまり好きでない。今のコンピュータ組版はもっと好きでない。たとえば柳宗悦著『茶と美』初版が手元にころがってますが、文字が美しい。しびれる。最高ですね。 はっきりいって最近の雑誌は好きではありません。キャップの仕事ですか。いいのでしょうか?あと、気をつかう?ってのは簡単に言っちゃうと、最近は学生にはまず「行間」ですね。タイト。読めない。ひどいのはデフォルトのまんま(気を使ってない)。このチャットのサイトもひどいけど。(ごめんなさい)


386 nakamura [2003.6.7_2:32]
グリッドシステムについての質問をしたくて書き込みました。自分は今欧米の絵本を一つ選択して、一つの書体のファミリーで、一枚の紙の上でグリッドシステムを用いて絵本の内容を表現させる、ということをやっています。グリッドシステムというものは、2次元的な、縦・横・斜め、の格子状の線で仕切ってその線にそろえてレイアウトを行う技法だと認識しています。絵本の内容は母親と子供の会話のやりとり、といった内容なのですが、僕は母親と子供の立ち位置と音声が発せられる位置(母親が右側、子供が左側、また奥の方から・手前からという空間)、音声が発せられる高さ(子供は背が低いから下から)などの、3次元空間をうまく表現できないものか?と思ってます。グリッドシステムを3次元空間として考えて制作された作品があれば参考で見てみたいのですが、なにか立体的な空間を意識させるようなビジュアルタイポグラフィの作品で良い資料や本があれば教えて頂きたいのですが…。

389 koizumi [2003.6.14_21:32]
3D的なグリッド、つまり、スイスタイポグラフィの進化したかたち、でぼくが尊敬している例ですが。あります。この本がベストでしょう。『タイポグラフィの読み方』の膨大な没ページがあるのですが、実はこれはその中で出したかったひとつの例です。1979年にETH/Birkhauserから発刊された『CIAM』という本ですがHans-Rudolf Lutzのタイポグラフィです。書体は本文でTimesのファミリー2種類が使われています。グリッドは単純でシステムも単純なのですが、奥行きを感じるレイアウトです。これを見ると、いかにグリッドそのものが完成されていても、一見開き一見開きのひとつひとつに心を行き渡らせなければならないか、よくわかります。これはあまり知られていない名作ですね。ぼくのスキャナーで撮ったので片ページで、ちょっと切れちゃっててすみません。

390 nakamura [2003.6.16_2:35]
本文に奥行き感が確かに感じられます。僕にはボールドとライトのtimesフォントの間のちょっと短い文章を細いtimesフォントで書かれている部分に「間」のような感じを受けるのでより遠近感というか、距離感というかそういうものを感じます。レベルの高いレイアウトに思えます。非常に参考になりました。またなにか?に思ったことがあったら質問させて頂きます!

391 koizumi [2003.6.16_21:02]
nakamuraさん、ほんと満足できましたか?やはり、なんとか、どこかで実際の本を見ていただきたいです。ハッキリ言って、ウエッブサイトでは伝えられていません。ごめんなさい。(ぼくが載せたスキャン画像なのですが、全くないよりは、よいという程度です)

392 nakamura [2003.6.16_23:39]
小泉先生へ、満足かと言われれば満足ではないです。この本自体を手に取って見たい、とは思っていました。ただ、ちょっと見れて安心はできた気持ちになっていたのです。でもそう言われて、実際の本を見ないで安心するのはダメだな、という気持ちになりました。ですので、探してみます。なにか手がかりになる情報があれば教えて下さい。

>この後のやりとり途中はLutzの項へ

402 nakamura [2003.7.20_4:42]
こんばんわ、小泉先生。先日図書館にて「CIAM」をついに手に取ることが出来ました。CIAMのアルファベットが目に入ったとき間違い無いと確信し・・・4時間ほど色々と見返したり考えたりしながら全部目を通し、思ったことは、
1 グリッドシステムを組み換えながら、読みやすいよう、見やすいよう、かつ美しく見えるように工夫がされている。かといって全体の統一感は失っていない。上にCIAMの資料、下に著者の文章を配置するという基本ルールが全ページに貫かれているためだと思われる。
2 グリッドシステムの3次元性というのは、本文に、Timesの太字、本文の注釈などにTimesの細字(本文より小さいポイント)を用いることによって、情報が整理されて、メリハリのついた読みやすい、見やすいように工夫し、枠などで情報を区分けせずにすむので全体に統一感を生み、そのことによって美しく見せることができる、というレイアウトなんだな、と思いました。その上空間をものすごく大切にしたレイアウトだから空間と書体の太さ・細さで遠近感のようなものを感じるんだな、と思いました。とりあえず思い付くのはこのくらいです。もう少しじっくり見て考察をします。※3次元性の他にどういう視点からこの本を分析すれば面白い、等ありましたら教えて下さい。