タイポグラフィ的造形の手引き

Typography?

エミール・ルーダーのタイポグラフィ
今、Amazonから送られてきました。
スミさん、ニコールさん、おめでとうございます。
https://sumally.com/p/2565659

2019.10.22
hitoshi koizumi



アドビ税終了

My statements

Macintosh SE時代、イラストレーター3.0Jを購入して以来、長い間どうもありがとうございました。古いマック、古いアドビはこれからも使いますが、つながりは無くなりました。もちろん事務所では以後のversionを使用しますが、ぼく個人としてはスッキリ。それにしても、ひどい徴収の仕方。モリパス税は生涯やるつもりはないけど。笑

2019.10.21
hitoshi koizumi



春入千林處々鶯

CHA NO YU

宗旦が、類語として「花」を「鶯」に置き換え視覚を聴覚に移行した句を編み出した。元句は
葛藤集、北磵居簡禅師語録 春入千林處々花 はるは せんりんにいる しょしょの はな (秋沈万水家々月 あきは ばんすいに しずむ かかの つき)前半句=春は至るところに一樣の花。季候各本分ありの意。法性は何處も彼處も一様、つまり森羅万象すべてに、平等に仏の世界(法性)が行き渡り、人は一切の衆生を備え、仏になれる本性のない人はいない。それは無限の大自然の見えない働きにたとえて、仏の慈悲がいかに公平無私にして広大無辺であるかとした。即中斎最晩年筆七字一行物。金霞料紙、14代飛来一閑造軸先、春芳堂表具、桐塗二重箱。ケカウ!
高島屋好み物展において、3.猶有斎筆七字二行物。トリメメ

2019.10.17
hitoshi koizumi



栗に芥子

CHA NO YU

大小を組み合わす/対照

重々しき道具に、寂びて軽き物
肩衝の茶入に、薄茶は棗
丸壺に、中次
雲龍に、盥の水指
大風炉に、小板
古織の細口の釜に、小ぶりなる柄杓

2019.10.12
hitoshi koizumi



春色無高下

zen

『圜悟語録』掲載 しゅんしょく こうげ なし (花枝自短長 かし おのず から たんちょう あり)と続く、直訳は「春の景色、風光に上下の差等はない (花の咲く枝はそれぞれに長いのもあり短いのもある)」
『禅林句集』には、「平等中の差別。長者は長法身、短者は短法身」とある。『禅語字彙』には、「前句=同じやうに育てゝも、後句=物に出來不出來あるをいふ」とある。【前句=真理はひとつであるが、後句=そのあらわれ方はそれぞれ異なることのたとえ】季節の春に限った掛物ではないことがわかる。大徳寺376世/非心義覺はあまり見かけない墨蹟だが、よく画賛で登場する。『大徳寺歴代墨蹟精粋』には載っているので、やっぱり書き手なのだと思う。とてもいい景色。

2019.10.03
hitoshi koizumi



久以

CHA NO YU

小間なので、木地の炉縁。ふつう由緒ある古材が好まれるが、うちのは単純。水に強い沢栗、通った柾目に堅く締まった木肌、自然な飴色の渋い色艶が、侘びた火の場に客を誘う。とうとう出会った桃山時代の名工久以作。MIHOのようでなく、使用感満載、趣がある。隠れるところに刻印。
しかし、紹鴎から寸法1尺4寸(42.4cm)四方、2寸2分(6.7cm)高が全く変わらないということに驚かされる=当然だが、どんな炉にも共通で、どのような炉縁もピタリと入るということ。すごい。
「炉縁の作者は久以と云もの、利休時代の上手にて、今に称し用ゆ、代々同名なり」

2019.09.26
hitoshi koizumi



無事

zen

大徳寺447世/拙叟宗益(せっそうそうえき)の墨蹟(1850年ごろ)。昔の大徳寺は謎ばかりで想像することがとても楽しい。塔頭のひとつ玉林院の13世住職で、茶の湯に深く関係があったこの高僧の書は兼中斎好み(おそらく惺斎好みの影響?)。茶掛けというよりは、純粋に禅語に前大徳の花押と白文印朱文印とセットを拝見する。残念なのはこれには関防印はなし。一文字の宝珠と玉文様はおそらく袈裟裂に金で複雑にのせ、如心玉紹巴の原点のよう。他天地中廻し柱すべて同じで、とても単純な表具。言葉通り。
1847年に、先住の月舟宗中が遷化され、これまで師匠から受け継いで実践してきたものを自らの備忘のため、また将来の玉林院の師資相承を願って、『玉林院年中行事』を書いておかれたのであろう。原文は、禅の専門用語が多く、詳細を極めているらしい。その書との関係、、、内容は狭義の行(修行・勤行・寺務など)つまり禅院での生活全般である。当時の玉林院は塔主(たっす)/住職を中心に、役務を分担して修行される僧院であった。大庫裏の中は、典座(てんぞ)や納所(なっしょ)など、そして茶堂もあったらしい。やはりこの頃の茶坊主さまの生活はとても興味深い。1845年、10代吸江斎祥翁宗左は拙叟宗益より【安祥軒】の軒号を与えられている。

2019.09.21
hitoshi koizumi



トカケニテヤスウリメ

memo:

母と思い出しました。
ト,ニメメ
ト,トメメ
リメメ
なるほど〜。

2019.09.16
hitoshi koizumi



ノンコウ七種

CHA NO YU

黒茶碗
稲妻 江岑書付
獅子 如心斎書付
升 覚々斎書付
千鳥 覚々斎書付

赤茶碗
鳳林 江岑書付
若山 如心斎書付
鵺 覚々斎書付
昨日のは、赤で、京焼となっていた
宗旦の時代だと、古いのか、、、道入初期?

2019.09.14
hitoshi koizumi



今日事実も分かった

Now

今日は、すごい日。なんと全てが明るみに。
そうか、仲介者=ブローカーなのか!とてもショックだ。
権力を持っている。なんておそろしいことだ。くわばらくわばら。
http://www.pref.hokkaido.lg.jp/kn/ksk/kenjohp/sido/info01.htm
わかりやすい。

2019.09.13
hitoshi koizumi



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