ノンコウ七種

CHA NO YU

黒茶碗
稲妻 江岑書付
獅子 如心斎書付
升 覚々斎書付
千鳥 覚々斎書付

赤茶碗
鳳林 江岑書付
若山 如心斎書付
鵺 覚々斎書付
昨日のは、赤で、京焼となっていた
宗旦の時代だと、古いのか、、、道入初期?

2019.09.14
hitoshi koizumi



丸釜

CHA NO YU

六代大西(古浄元) 即中斎若書付

2019.09.12
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欠一着

CHA NO YU

大徳寺370世/萬輝宗旭の横物墨蹟(1750年ごろ)。表具は穴が空いているし、超ボロボロ。
清代の宗門拈古彙集(しゅうもんねんこいしゅう)という白巌浄符の編の禅籍から、康熙3年の自序のはじめに、おそらく、
...鋒到銳時欠於趨避。總是墮身死漢。南泉父子可謂善轉身矣。善趨避矣。然細撿將來。 尤欠一着。且道那裏是他欠一着處。天井新云。南泉欠趙州一着。趙州輸南泉一機。作麼生會。千年故紙好合藥。趙州示眾。老僧今夜答話去也。有解問者致將一問來。...
この節から引用していると思われる。
「特にそれを借りている。そして通りの裏に借りている場所がある。」ということなのだろうか。不明が多い禅語。
肝心な千家との関わりですが、「不白翁句集」に、利休忌につづいて利休の菩提寺である大徳寺聚光院への墓参の句が載っている。また、この萬輝禅師が東海寺92世の輪番を終わらせて、琳光院に再興されたと記されている。おそらく啐啄󠄁斎若年と交流があったことだろう。

先日の玉舟宗璠のなぜか朱文印しかない「閑事(かんじ)」より、なんか深味がある言葉と奇妙な書、、、この謎に満足。
それにしても如心玉金襴の一文字、、、天然忌、まだこの軸だっていう円相には出会わない。

2019.09.11
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寿山萬丈高

CHA NO YU


初、前大徳。紫埜は、
手にしないようにと思っていたのに〜。やばい、ついにこの領域に入ってしまった。
何せ、12代惺斎の長男の与太郎(不信斎)が昭和10年(1935)に「宗員」号を大徳寺の老師から受けた。その弟は覚次郎(13代即中斎)。この老師こそ、大徳寺488世/円山傳衣なのです。その墨蹟。すごい。
さて、「寿山萬丈高(じゅざん ばんじょう たかし)」
寿山とは目出度い、長寿のたとえ。ときどき寿や寿山の文字だけ大きくして、この言葉を含んだ茶掛けは(他を小さくした)多し。
萬丈とはきわめて高いこと(1丈=1尺の10倍、の万倍)。茶の湯で多く使われる言葉。
終南山にも似て山が高いがゆえにあやかり、命の長くありたい、永らえたい。という意。
それにしても、一目惚れ。この墨の流れは、源流。すべての時間の流れであって、絵が文字になって、文字がまた絵に帰った証明。ぼくにはすごいバランスの墨絵に見える。

2019.08.21
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紹鷗緞子写帛紗

CHA NO YU

友湖による写し、本家は名物裂紹鷗緞子
https://webarchives.tnm.jp/imgsearch/show/C0009076
https://webarchives.tnm.jp/imgsearch/show/C0010199
やはり東博にある。明時代の古裂手鑑にもある一重蔓唐草の中にうまく火焔が遇われ、雨龍も配されているよう。武野紹鷗の愛用していたものに由来するが、十四屋宗悟が所有していた宗悟緞子にも関係があるようだが、どのように出来上がったのか詳しくはわかりません。この出帛紗、なぜかシンプルで、ほんとうっとり。

2019.07.27
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即中斎在判 独楽ノ紋香合

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今日は山鉾巡行。

さて、写真は井上良斎作の染付。最初に見つけたものですが、成約済みでした。これは即中斎の書付(箱書)はあるのですが、香合の蓋裏に花押が書かれていない。その後いくつか見かけたのですが、在判のものはないのです、、、謎。坂倉新兵衛13代と14代も作っているようですが、ぼくのは12代の、全体に、ほんわかした色合い、手触りも抜群の萩焼き。もちろん、朱書きの在判、箱書も素晴らしい。本当にこの香合のような即中斎の解釈が好きで好きでたまらない。こういうことを「傳来写シ」というのだろう。

どうして、ここまでこだわって探しているのか理由がある。
三千家の独楽の家紋に微妙な記号的な差があり(ツボツボも同様に位置と重なりの違い)、おそらくことのはじめは如心斎自作二つの香合、これが「本家」なのだと思う。これは丸みを帯びていて黒っぽい。即中斎のものはほとんどが白っぽく、平たい。それと、渦のカタチはシンプルに、、、まだまだいろいろと探索は続くのですが。
https://www.kitayamakaikan.jp/test/exhibition/past/2005/pdf/exhibition_20050609_mokuroku.pdf
https://shikatashachu.wordpress.com/2018/11/26/独楽紋・komamon/

2019.07.17
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兼中斎好 萬代屋緞子帛紗(1994)

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なかざわ織物製、波に利休梅(波のしぶきの一部)。
本家は名物裂万代屋緞子(萠黄波模様緞子)もずやどんす
https://webarchives.tnm.jp/imgsearch/show/C0010210
東博にある(色が褪せているのか、、、)。これは、すばらしい写し!

2019.07.05
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結界

CHA NO YU

とは、Barrierではない。
(存在はあるが、できるだけ空を感じるものを探している)
●●寺の古木の、
竹の、
石の、
とても重要。
そして扇子で(必要とされるとき、いつでも)。

2019.06.27
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茶カフキ之記 無着軒ニ於(1981)

CHA NO YU


試筆は兼中斎、箱書きもしているということは、おそらく皆中者の方*に、表装してお渡ししたのでしょう(通常は紙を筒状にして、ただ天の端をペコッとするだけ?)。
- 笑子* 全
- やゑ
- かツ子
- 㐂代子
- 弘子 一
全てが女性。なんとすごい、豪華な茶会だったのでしょう(亭主は不明)。如心斎が制定した茶カブキ(闘茶のひとつ)は利休忌2月28日に行われるのが慣例なので、その頃出す茶掛けですが、ぼくは客との話の向きで、これを掲げようと思っています。茶カブキの本来の深い意味(ある種の戒)を今一度考えることなど、再認識したいものです。
皆中者がいない時は、このように外に出ない記録なので、とても目出度い貴重な軸だと思います。どうして手放してしまったのだろうか、謎。やはり即中斎書付のがあったら見てみたいけど。客個人の思い入れがあるから、きっと巷には出ないと思います。

ところで、最初の記録は『利休忌茶カフキ之控』、その頃は記録を渡さなかったようで:
不審菴ニ於(1744)亭主は多田宗菊、試筆は中村宗哲
- 如心斎
- 堀内仙鶴(初代)
- 淡斎(小西彦右衛門) 全
- 宗雪(川上不白) 一
- 長入(七代樂吉左衛門)
全てが男性。この面面、想像するだけで興奮する。やはり5人。ぼくのと書付の感じがとても似ている。
難解な消息より、ぼくは好きです。

2019.06.06
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二畳敷隅炉

CHA NO YU

天正15(1587)年2月25日朝、山里の茶室に神谷宗湛が招かれたのが記録では初出。うちの原型。

2019.05.20
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