茶壺

CHA NO YU

http://sfushigi.com/2017/06/06/zuizui-kiddysong/
謎な歌。
炉開きで、壺飾りを。『習事十三箇條』は点前ではありませんが、基本の所作です。本としてもよい佇まい。

2019.11.06
hitoshi koizumi



春入千林處々鶯

CHA NO YU

宗旦が、類語として「花」を「鶯」に置き換え視覚を聴覚に移行した句を編み出した。元句は
葛藤集、北磵居簡禅師語録 春入千林處々花 はるは せんりんにいる しょしょの はな (秋沈万水家々月 あきは ばんすいに しずむ かかの つき)前半句=春は至るところに一樣の花。季候各本分ありの意。法性は何處も彼處も一様、つまり森羅万象すべてに、平等に仏の世界(法性)が行き渡り、人は一切の衆生を備え、仏になれる本性のない人はいない。それは無限の大自然の見えない働きにたとえて、仏の慈悲がいかに公平無私にして広大無辺であるかとした。即中斎最晩年筆七字一行物。金霞料紙、14代飛来一閑造軸先、春芳堂表具、桐塗二重箱。ケカウ!
高島屋好み物展において、3.猶有斎筆七字二行物。トリメメ

2019.10.17
hitoshi koizumi



栗に芥子

CHA NO YU

大小を組み合わす/対照

重々しき道具に、寂びて軽き物
肩衝の茶入に、薄茶は棗
丸壺に、中次
雲龍に、盥の水指
大風炉に、小板
古織の細口の釜に、小ぶりなる柄杓

2019.10.12
hitoshi koizumi



ノンコウ七種

CHA NO YU

黒茶碗
稲妻 江岑書付
獅子 如心斎書付
升 覚々斎書付
千鳥 覚々斎書付

赤茶碗
鳳林 江岑書付
若山 如心斎書付
鵺 覚々斎書付
昨日のは、赤で、京焼となっていた
宗旦の時代だと、古いのか、、、道入初期?

2019.09.14
hitoshi koizumi



丸釜

CHA NO YU

6代大西(古浄元) 即中斎若書付

釜環 鉄槌目小振 金森徳元 3代下間庄兵衛極
10.17

2019.09.12
hitoshi koizumi



紹鷗緞子写帛紗

CHA NO YU

友湖による写し、本家は名物裂紹鷗緞子
https://webarchives.tnm.jp/imgsearch/show/C0009076
https://webarchives.tnm.jp/imgsearch/show/C0010199
やはり東博にある。明時代の古裂手鑑にもある一重蔓唐草の中にうまく火焔が遇われ、雨龍も配されているよう。武野紹鷗の愛用していたものに由来するが、十四屋宗悟が所有していた宗悟緞子にも関係があるようだが、どのように出来上がったのか詳しくはわかりません。この出帛紗、なぜかシンプルで、ほんとうっとり。

2019.07.27
hitoshi koizumi



即中斎在判 独楽ノ紋香合

CHA NO YU

今日は山鉾巡行。

さて、写真は井上良斎作の染付。最初に見つけたものですが、成約済みでした。これは即中斎の書付(箱書)はあるのですが、香合の蓋裏に花押が書かれていない。その後いくつか見かけたのですが、在判のものはないのです、、、謎。坂倉新兵衛13代と14代も作っているようですが、ぼくのは12代の、全体に、ほんわかした色合い、手触りも抜群の萩焼き。もちろん、朱書きの在判、箱書も素晴らしい。本当にこの香合のような即中斎の解釈が好きで好きでたまらない。こういうことを「傳来写シ」というのだろう。

どうして、ここまでこだわって探しているのか理由がある。
三千家の独楽の家紋に微妙な記号的な差があり(ツボツボも同様に位置と重なりの違い)、おそらくことのはじめは如心斎自作二つの香合、これが「本家」なのだと思う。これは丸みを帯びていて黒っぽい。即中斎のものはほとんどが白っぽく、平たい。それと、渦のカタチはシンプルに、、、まだまだいろいろと探索は続くのですが。
https://www.kitayamakaikan.jp/test/exhibition/past/2005/pdf/exhibition_20050609_mokuroku.pdf
https://shikatashachu.wordpress.com/2018/11/26/独楽紋・komamon/

2019.07.17
hitoshi koizumi



兼中斎好 鵙屋緞子帛紗(1994)

CHA NO YU

なかざわ織物製、波に利休梅(波のしぶきの一部)。
本家は名物裂萬代屋緞子(萠黄波模様緞子)もずやどんす
https://webarchives.tnm.jp/imgsearch/show/C0010210
東博にある(色が褪せているのか、、、)。これは、すばらしい写し!

2019.07.05
hitoshi koizumi



結界

CHA NO YU

とは、Barrierではない。
(存在はあるが、できるだけ空を感じるものを探している)
●●寺の古木の、
竹の、
石の、
とても重要。
そして扇子で(必要とされるとき、いつでも)。

2019.06.27
hitoshi koizumi



茶カフキ之記 無着軒ニ於(1981)

CHA NO YU


試筆は兼中斎、箱書きもしているということは、おそらく皆中者の方*に、表装してお渡ししたのでしょう(通常は紙を筒状にして、ただ天の端をペコッとするだけ?)。
- 笑子* 全
- やゑ
- かツ子
- 㐂代子
- 弘子 一
全てが女性。なんとすごい、豪華な茶会だったのでしょう(亭主は不明)。如心斎が制定した茶カブキ(闘茶のひとつ)は利休忌2月28日に行われるのが慣例なので、その頃出す茶掛けですが、ぼくは客との話の向きで、これを掲げようと思っています。茶カブキの本来の深い意味(ある種の戒)を今一度考えることなど、再認識したいものです。
皆中者がいない時は、このように外に出ない記録なので、とても目出度い貴重な軸だと思います。どうして手放してしまったのだろうか、謎。やはり即中斎書付のがあったら見てみたいけど。客個人の思い入れがあるから、きっと巷には出ないと思います。

ところで、最初の記録は『利休忌茶カフキ之控』、その頃は記録を渡さなかったようで:
不審菴ニ於(1744)亭主は多田宗菊、試筆は中村宗哲
- 如心斎
- 堀内仙鶴(初代)
- 淡斎(小西彦右衛門) 全
- 宗雪(川上不白) 一
- 長入(七代樂吉左衛門)
全てが男性。この面面、想像するだけで興奮する。やはり5人。ぼくのと書付の感じがとても似ている。
難解な消息より、ぼくは好きです。

2019.06.06
hitoshi koizumi



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